2013年2月14日木曜日

国立でこんな会が始りました。

 2013年2月13日  ひふみの数が入ったこの日は、数霊的には国産みの日だそうです。また、昨年大いに騒がれたマヤの暦に寄りますとKIN1の日でありまして「初めての物事の始まり、それは天からの贈り物」の日でした。月船におきましては定休日ではございましたが、その日静かにこんな会が始められました。都了中さんを応援する会の発足でございます。一中節の後継者として嘱望される都了中様でございます。なぜ、国立で、なぜ私達が世話人を受けたまわったかは全く解りません。

そもそも一中節というのは・・・詳しいことは何れ専門家にお願いして。江戸時代は一中節の教本が各家庭にあったと言われるくらい流行ったそうです。 三味線音楽の一流派。初世都太夫一中が,元禄の末ごろ上方で語り出したもので,のち江戸普及した。古浄瑠璃時代語り物には長編のものが多かったが,その一部分,景事や道行などを,ウレイのかかった節で語り,またユリを巧みに用いたのが流行の原因と思われる。初期のころは歌舞伎舞台出演したが,まもなく離れ,限られた町人上流社会で伝承された。それだけに純粋性が保たれているといわれる。その後一時衰退したが,5世一中が再興現在にいたっている。

しかし、少しづつわかってきた事があります。
了中さんのおじい様 人間国宝 寶 山左衛門は戦時中国立市に疎開されていたそうです。お弟子さんも多数疎開されており、国立で演奏会が立派に出来るような人数だと話されていました。もしかしたら国立で始ったのはそんなエネルギーの現れなのかもしれませんね。

                            都 了中さんの教室

何れ国宝となっていかれることでしょう。